以前、趣味で、ある1篇の海外のショートサスペンス小説の日本語訳を作ってみたことがあります。
(©Watanabe&CO)
英語の原文はネットに載っていたものでした。
基本は原文に忠実に訳しましたが、若干ですが、意訳、日本語として分かりやすくするための追加や変更、省略が含まれた ”おばば訳” になっております。
1回のブログで紹介するのは長すぎる感があるので、4話に分けてお届けしたいと思います。
それでは、早速、第1話のはじまり、はじまり!
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英国の片田舎。
夜は寒かったが、小さな居間にはブラインドが下げられ、暖炉の火が赤々と燃えている。
父親と息子はチェス盤を囲んでいた。
父親は逆転のチャンスをつかむべく、キングを非常に危険な場所に動かしたので、暖炉のそばで穏やかに編み物をしていた白髪の母親も少しびっくりしたようだ。
「風の音がするね。」
自分の手には致命的な間違いがあったことにおそまきながら気づいて、相手がそれに気づかないことを願いつつ、父親は愛想よく言った。
「そうだね。」
息子は、厳しい顔で盤面を見ながら、チェス盤に手を伸ばした。
「あいつは、今日はこないのかもしれないな。」と父親。
「チェックメイト。僕の勝ちだね。」
すると、父親は荒れた声で、「こんな酷いことってあるか?だいたい、ここは田舎すぎるんだ。土地の水はけも悪いし、住んでる人だってあんまりいないじゃないか。」
「まあまあ。次は勝てますよ、お父さん。」と母親。
父親は顔を上げて、母親と息子が目を合わせるのに気づくと、後ろめたい気がして、おとなしくなった。
すると、音を立てて門が開いて、大きな足音が近づいて来るのが聞こえて、息子は、
「お客さん、来たみたいだよ。」
父親はいそいそとドアを開け、来客に
「お疲れ」
というと、来客も、
「そうとも、お疲れだ」。
母親が「自分で言うかねえ。」とつぶやいていると、父親とともに、背が高く、がっしりとした体つきで、目が小さく、赤ら顔の来客が入ってきた。
「上級曹長のモリスだ。」と自己紹介。
モリスは、皆と握手し、暖炉の脇に座って、出されたウイスキーを満足げに口にしつつ3杯目になると、目を輝かせて話を始めた。
はるばる遠路やってきたモリスが、戦争の現場や自分がピンチになった経験、そして、これまで出会ったことのある奇妙な人々について肩をいからせて話を披露しているのを、家族3人は興味を惹かれて熱心に聞いている。
「20年前には倉庫で働いてた若造の一人が、今はこんなだ。」父親は、家族にうなずいた。
「あら、かなり立派になられたと思いますよ。」母親は礼儀正しい。
「おれもインドに行って、ちょっと見て回ってみたいなあ。」
「ここの方がインドよりいい所だと思うぞ。」
「でも、おれだってインドの寺院とか、僧侶や曲芸師を見てみたいな。そうそう、そういえば前に、猿の手だか何だかの話をしてなかったか?」
「ああ。それは、なんでもないんだ。聞いてもしょうがない話だ。」
「猿の手ですって?」母親は興味をひかれた。
「それは、まあ、単に手品のたぐいだ。たぶんな。」
3人の家族は前のめりになった。
モリスが心ここにあらずで空のグラスに口を付け、また、テーブルに戻したので、父親はウイスキーを注ぐ。
しばらくして、モリスはポケットを探りながら言った。
「見たところ、何の変哲もない、小さくてミイラ化した猿の手なんだ。」
そして、ポケットから何かを取り出す。
母親は顔をしかめて引いた感じだったが、子どもの方はそれを手に取って物珍し気に眺めている。
「それで、これがどうかしたのか?」
息子からそれを受け取って、仔細に見た後、テーブルにそれを置いた父親は聞いてみた。
「これは、昔のバラモン教の僧侶の呪物なんだ。とても格の高い僧侶だったようで、運命というものが人々の人生を支配していること、そして、自分の運命を無理に変えようとする人には悲しみが訪れることを示したかったんだそうだ。それで、その僧侶は、3人の人に限って、それぞれ3回づつだけ望みをかなえることができるように、その猿の手に呪文をかけたんだ。」
「それで、お前は3つ、願いごとをしたのか?」
「そうだ。」
訳知った素振りで答えたモリスのシミだらけの顔からは血の気が引いていた。
「それで、願いはかなったのか?」
口元を引き締めながら、「ああ、そうだ。」
「誰か、他に願いごとをした人はいたんでしょうか?」と母親。
「最初の人が、確かに3つの願いをした。そのうちのはじめの2つの願いが何だったかは知らない。が、3つ目の願いは、本人自身の死だった。」
モリスの重々しい口調に、3人は息を飲んだ。
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第1話は以上です。
いかがだったでしょうか?
全部で4話なので、明日以降に残りを載せていく予定です。
今回は、ここまでです。