今回は、海外ショートサスペンスのおばば訳、第3話です。
第1話、第2話は、以下をご覧ください。
それでは、第3話の始まりです。
+++++++++
母親と息子は父親に走り寄った。
「動いたぞ。願いをしたとき、手の中で蛇みたいによじれたんだ。」
父親は床に転がっている呪物を嫌悪感を持ってにらんでいる。
「でも、お金は見えないなあ。賭けてもいいけど、200ポンドは降ってこないよ。」息子は、呪物をひろってテーブルに置いた。
「空想話だったに違いないわね、お父さん。」母親は父親を心配そうに見ながらいった。
「まあ、気にするな。害がある訳でもないし。でも、驚いたよ。」
3人は暖炉のそばに座って、父親と息子は残りのパイプを最後まで吸った。風はこれまでより強まって、父親は2階のドアがバタンバタンと音を立てるのに驚き、心配な気持ちになった
。
奇妙で陰鬱な静寂が家族をつつみ、それは夫婦が2階の寝室に行こうと立ち上がろうとするまで続いた。
「ベッドの真ん中にお金が詰まったバッグがあるかもね。そして、何が恐ろしいものがタンスの上にしゃがんでいて、いけないお金をまんまと手に入れたお父さんを見てるかもよ。」
息子は、そういいつつ、おやすみをいった。
その後、父親の方はまだ暖炉の近くに座って、暗闇の中で一人、消えゆく火を、そして、その中に浮かぶ顔のような形を見つめていた。
その顔はとてつもなく恐ろしくて、猿のようだったので、驚きで目が離せなかった。
そしてそれはとても鮮明に見えたから、不安な笑いを浮かべたまま、テーブルに倒れこむようにしてグラス一杯の水を飲みほした。
父親の右手は、それを握っていた。そして、少し震えながら、猿の手を離した右手を洋服でよく拭いて、2階のベッドに向かった。
翌朝、冬の太陽が輝き、朝食のテーブルに差し込んでいる中で、父親は自分の恐怖について笑い飛ばした。
部屋には、昨晩にはなかったいつもの健やかな雰囲気があり、サイドボードの上には、汚い、しなびた小さい手が何の効力をも予感させずに無造作に置かれている。
「軍人ってのは、みんな同じなんですよ。あんな、無意味なでっちあげを真剣に聞いちゃうなんて。この世に願いが叶うなんてことがあるもんですか。仮に叶ったとしても、200ポンドが悪さをするってこともないでしょう、お父さん。」と母親。
「空からお父さんの上にお金が降ってくるかもしれないね。」と息子。
「モリスは、呪物の効力は自然な形で発生するから、偶然の出来事と思ってしまうかもしれない、といっていたんだが。」
「そしたら、僕が戻ってくるまで200ポンドには手をつけないでね。お父さんがけちで強欲になって、お金を全部使っちゃったら、家族の縁を切っちゃうかもよ。」
そういって、息子は立ち上がった。
母親は笑いながら玄関まで出てきて、息子が道を歩いていくのを見送った。そして、朝食のテーブルに戻ると、父親の信じやすさを微笑ましく感じた。そして、その幸せな気持ちは、郵便屋がノックしたので玄関まで出ていたったり、その郵便屋に、退役した上級軍曹の酒癖の悪さについて話をしたりしたときにも、変わりはなかった。
「息子が帰ってきたら、また面白いことをいうと思うわ。」夕食時に母親。
「そうだな。だけど、ともかく、あれは手の中で動いたんだ。誓って本当なんだ。」
「動いたような気がしただけよ。」となだめる。
「実際に動いたんだよ。気のせいじゃないんだよ。・・・ところで、あれは何をしているんだろう?」
母親は答えずに、外にいる一人の男の不思議な動きに目をやった。その男は、どうしようかといった様子で家を覗き込んでいて、入ろうかと考えているようにみえた。
200ポンドからの連想なのか、その男は良い身なりをしていて、光沢のある新しいシルクハットをかぶっているのに気づいた。
男は、門のところで3回立ち止まって、また歩き続けた。4回目に門に手をかけ、決心したように門を開いて、玄関までの道を歩く。
母親は、両手を後ろに回して、急いでエプロンの紐を外し、クッションの下に押し込んだ。そして、落ち着かない素振りの訪問者を部屋に迎える。
男は、何かを隠しているようなそぶりを見せつつ、部屋の見栄えや父親の庭仕事用のコートについて、しきりと「不調法ですいませんねえ」とかいう母親の言葉を聞いていた。
そして、母親は、男が用件を切り出すのを辛抱強く待っていたが、奇妙にも話を始めない。
そしてついに。
++++++++++++
以上が、海外ショートサスペンス第3話です。
次の第4話が最終話となります。
今回は、ここまでです。