今回は、ある英国ショートミステリーを紹介します。
先日紹介しました海外ショートサスペンスは、読まれた方の中には気づかれた方もいらっしゃると思いますが、
W.W.ジェイコブズの「猿の手(Monkey's Paw)」
という有名な短編ホラー小説でした。
衝撃的な内容ともいえるので、驚かれた方や恐くなってしまった方もいらしたかもしれません。
なので、今回は安心して楽しんで読める英国ショートミステリーのおばば訳をお届けしたいと思います。
それでは、早速、第1話の始まりです!
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ママと私に起こった奇妙なお話を紹介するね。
私は14歳の女の子で、ママは34歳だけど、もうママと同じくらいの背格好なの。
昨日の午後、ママにロンドンの歯医者に連れて行ってもらったの。歯医者の先生は、奥歯に穴があいているのを見つけて、詰め物をしてくれたけど、そんなには痛くなかったよ。
その後、カフェに寄って、私が食べたのはバナナスプリット(バナナを縦に切って、その間にアイスクリームやフルーツなどをトッピングしたスイーツ)で、ママはコーヒーだった。
カフェを出ようと立ち会った頃には、6時くらいになってた。
そしてカフェを出ると雨が降り始めたので、ママは、「タクシーをみつけないと」。
私もママも雨用の帽子とかコートじゃなかったし、雨もかなり強く降ってた。
なので、私は、「カフェに戻って、やむのをまとうよ。」
私は、もう1個、食べたかったからね。
それで、バナナスプリットをもう一つ、とっても美味しく食べたんだけど、ママは、「降りやまないね。もう、おうちに帰らないと。」
雨の中2人で歩道に立ってタクシーを探したんだけど、どれも人が乗ってた。
「運転手付きの自家用車のある家だったらなあ。」とママ。
そのとき、一人の男の人が近づいてきたの。
小柄で、たぶん70歳をこえてたと思う。
「失礼します。大変申し訳ないのですが・・・。」
その人は、立派な白い口髭をたくわえてて、眉毛もふさふさして白くて、顔はしわしわだけど顔色はよかったの。そして、頭の上に高く傘をさしてたわ。
「はい?」ママは、とっても冷静で少し警戒してた。
「お願いさせていただきたいことがあるんです。本当に些細なことなんです。」
ママは疑わしそうに男を見てた。
ママは警戒心の強いほうで、特に、見知らぬ男の人とゆで卵には特にそうなのだ。
ママはゆで卵の端の殻を割って食べるときには、まるで中からねずみか何かがでてこないかといわんばかりに慎重にスプーンを卵の中に差し込むの。
見知らぬ男の人についても、「感じの良い男の人であるほど、気を付けなさい。」ってのをモットーにしてた。
その小柄の男の人はとっても感じが良くて、礼儀正しく、話も上手だった。
私がその人が紳士だと分かったのは、その靴なの。
というのも、もう一つのママのお気に入りのフレーズが、「靴を見れば、その人が紳士かどうか分かるのよ。」だったからね。
その人は、すばらしいブラウンの革靴を履いてたわ。
男の人がいうには、「実は、ちょっと面倒なことになってしまいまして。少しだけ助けて欲しいんです。お手間はとらせません、本当に何でもないことなんですが、お願いです。年を重ねると忘れっぽくなってしまうんですよ。」
ママは、顎を上げて、男の人を見下したように見ていた。ママの視線は、冷たくて恐ろしかった。このママの冷凍光線を受けると、大抵の人は木っ端みじんにやっつけられてしまうの。
前に、私の学校の先生がママの冷凍光線を受けたときは、先生は口ごもって愚かな人みたいに愛想笑いを浮かべるしかなかったのよ。
けれど、その男は、路上で傘をさしながら、顔色を変えることなく平然としてた。
穏やかに微笑みながら、
「信じていただけないでしょうか。みちゆくご婦人の足を止めさせてトラブルに巻き込むような者ではありません。」
「そうだといいわね。」
私はママの鋭い声に困ってしまった。
‘ママ、お願いだから、年を召した、感じの良くて礼儀正しい方が困っているのだから、そんなに凶暴にしなくても‘
って言いたかったけど、口に出せなかった。
「今まで忘れ物をしたことなんか、無かったんです。」と男の人。
「何を忘れたことがなかった、ですって?」と厳しい口調のママ。
「財布なんです。もう一つのジャケットの方に入れっぱなしだったに違いありません。こんなばかな失敗ってないですよね?」
「お金をめぐんでもらいたいってことなの?」
「決して、そんなことはありません!誓って、そんなお願いをするような者ではありませんよ!」
「それなら、何をしてほしいっていうのよ。急いで話してもらわないと、ずぶ濡れになっちゃうじゃないの。」
「そうですよね。なので、濡れないように私の傘をお渡しして、そのままお持ちいただきたいんです。ただし・・・。」
「ただし、何なのでしょう?」
「代わりに、私が家に帰るためのタクシー代1ポンドをいただけさえすれば。」
ママはまだ疑っていた。
「もし最初からお金がなかったのなら、どうしてここに来ることができたのかしら?」
「歩いてきたんです。いつも、けっこうな長い散歩をして、それで帰りはタクシーに乗って家まで帰るんです。毎日の習慣なんですよ。」
「それなら、帰りも歩いたらいかがかしら?」
「できることなら、そうしたいんです。けれども、もう足が疲れてだめで。遠くまで歩きすぎました。」
ママは下唇をかんではいたけど少しだけ気を緩めたみたいだった。そして、傘を貰えるってのはよい取引かも、って気持ちにかられたに違いなかった。
「これは良い傘なんです。」
「分かってますわ。」
「シルクでできてるんですよ。」
「分かります。」
「それなら、傘をどうぞ。本当のことをいうと、20ポンド以上の値段でした。けれども、私が家に帰ったり、足を休めたりするには、何の役にも立たないのです。」
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第1話は、ここまでです。
第2話以降も楽しみにして貰えると嬉しいです!
今回は、ここまでです。