今回は、英国ショートミステリー(第3話[最終話])です。
第1話、第2話は以下をご覧ください。
それでは、早速、最終話の始まりです。
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入口の前面は大きな板ガラスが嵌められていて、中は少し煙っていたけど近づけば中が良く見えた。
私たちは、パブの窓の外で身を寄せ、私はママの腕をつかんでいた。
大きな雨粒が傘の上で音を立てている。
「あそこにいるよ。」と私。
覗き込むと、中は人でごった返していて、煙草の煙で一杯だ。そして男は部屋の真ん中辺りにいる。
そして、今は帽子とコートをぬいでいて、人込みを縫ってじりじり進んでいる。
バーカウンターまで来ると、手を置いてバーテンダーに話しかける。注文する男の唇が動くのが見えた。
バーテンダーはしばし背を向けると、うすい茶色の飲み物が縁まで注がれた小さいグラスを持って振り向いた。
男は1ポンド札をカウンターに置く。
「あれは、私の1ポンドよ。まったく、しゃくに障る。」
「グラスには何が入ってるの?」
「水で割ってないウイスキーよ。」
バーテンダーは男にお釣りを渡さなかった。
「きっと、トレブルウイスキーよ。」
「トレブル?」
「普通の3倍の量なの。」
男はグラスを持ち上げて、口につけ、少しだけ傾けた。
それから、更に傾け、また更にもっと傾けて、見る間に一息でウイスキーは男の喉に収まってしまった。
「あれは、すごく高くつくお酒ね。」と私。
「ばかげた話ね。一口で飲み干しちゃうものに1ポンド払うなんて。」
「1ポンドより高いよね。20ポンドのシルクの傘を使ったんだから。」
「そうよね。気が狂ってるんじゃないかしら。」
男は空のグラスを手にバーカウンターの脇に立って、ニコニコしている。
赤くなった丸い顔は喜びで輝いていた。
そして、貴重なウイスキー最後の一滴を求めるかのように、白い口ひげを舌でぬぐうのが見えた。
そしてゆっくりとバーカウンターに背を向けると人込みをかき分け、自分の帽子とコートをさげてあるところまで進んだ。
コートを着て、洗練された仕草で自然だったので、誰にも全く気づかれないままラックから沢山の傘が下げられているうちの一つを持ち上げると、男は立ち去った。
「見たよね。あの男が何をしたのか。」というママに、私は。
「シー! 出てくるよ。」
2人は傘を低くさして顔を隠し、その下から覗いてみた。
男は出てくると、私たちの方を見ることもなく、新しい傘を開いて来た道を戻っていった。
「これがあいつのちょっとしたゲームだったのね!」とママ。
「すごい手際ね。」
私たちが最初に男が話しかけてきたメインの通りまで男を尾行すると、男は難なく新しい傘と更なる1ポンドを交換するのを目にした。今度は、背が高く痩せた、帽子やコートさえもっていない男の人とだった。そして、交換が成立すると、例の男は通りを早足で進んで、今度は、さっきとは逆の方向に歩き去った。
「あのずる賢いやり方!同じパブには2度は行かないのね!」
「あの人、一晩中続けられそうだね。」
「そうね。あと、あの人、雨が降るのをいつも猛烈に祈ってるに違いないわ。」
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以上です。
気づかれた方もいらっしゃったかもしれませんが、このお話は、ロアルド・ダールの「アンブレラマン」という有名なショートミステリーです。
ロアルド・ダールは、この「アンブレラマン」以外にも色々と面白いショートミステリーを書かれています。
今回は、ここまでです。