「わたしを離さないで」
この小説に、何らかの形で触れたことのある方は多いのではないでしょうか。
イギリスで映画化、日本では舞台化、ドラマ化もされています。
作者のカズオ・イシグロさんは、2017年にノーベル文学賞を受賞され、日本のメディアでも多く紹介されたので、記憶に残っている方も多いかと思います。
1989年には、「日の名残り(原題:The Remains of the Day)」で英語圏最高の文学賞であるブッカー賞を受賞されています。
海洋学者の父親の仕事で、6歳から英国に住むことになったイシグロさん。
ブッカー賞受賞作「日の名残り」では、イギリスの貴族の屋敷に勤めていた執事が、主人亡き後、アメリカの富豪に買い取られた屋敷で、新しい主人に仕えることになります。
旅と回想と再会の中で、古き良き英国を偲ぶ気持ちを、前向きに切り替えていく過程を描いた、極めて英国らしい小説です。
【わたしを離さないで】
一方、こちらの小説は、ブッカー賞の最終候補作となりました。
原題は「Never Let Me Go」。
第1章の舞台は、小学生から高校生までが暮らす寄宿学校です。
登場人物の一人一人がくっきりと浮かび上がり、物語に引きこまれていきます。
圧倒的な、小説の力を感じます。
この寄宿学校の生活は、一見どこにでもある英国の寄宿学校のようでありながら、どことなく不穏な雰囲気が流れています。
【ネタバレ有り!】
まだ小説を読んでない方にはネタバレとなりますが、実は、将来、臓器提供をするために人工的なクローン人間としてつくられ、育てられている子ども達の寄宿学校なのです。
何度かの臓器提供に耐え、それでも中年までは生きられない。自分たちの運命を知り、苦悩し、それでも一筋の希望を抱きながら過ごす青年時代が描かれているのが、第2章。
第3章には、「臓器の提供人」として、または「提供人の介護人」として生きる彼らの姿があります。
「介護人」として生きている主人公の女性の前に、4回目の手術を受ける「提供者」として現れたのは、寄宿学校時代から心を通わせていた青年。
一度読んだら、忘れられない小説です。
そして、このような非現実的なストーリーでありながら、登場人物が本当に存在するかのように感じられ、ぐいぐいと引きこまれていく、小説らしい小説です。
この小説が、日本でドラマ化された時、主人公の女性を演じたのは綾瀬はるかさん。主人公と深く関わる青年を演じたのが、三浦春馬さんでした。
三浦さんは、苦悩や諦めの気持ち、二人の女性の間で揺れる繊細な青年を、とてもリアルに、自然に演じられ、小説と同じように、この青年が実在するかのような気にさせられました。
才能にあふれた、素晴らしい俳優さんのご冥福をお祈り申し上げます。
今回は、ここまでです。