今回は、海外ショートサスペンス第4話です。
いよいよ最終話。
第1話から第3話は以下に載せております。
それでは、第4話を早速始めたいと思います。
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「私は・・・。頼まれてきました。洋服店のMaw and Meggins社の者です。」
「何か起きましたか?息子に何かあったんですか?」
息せき切って尋ねると、父親が沈んた声で割って入った。
「まあまあ、お母さん、まずは座って。結論を急がなくても。悪い知らせではないと承知してますよ。」
「大変申し訳ありません。」
「怪我なんでしょうか?」
男はそうだという意味でお辞儀をした。
「重傷です。しかし、息子さんはもう痛みを感じてはいません。」
「神様!感謝します!神様―」
だが母親は、不吉な予感から言葉を切った。
そして、男のゆがんだ顔を見て、恐るべきことが起こったことを確信した。
息を飲んで夫に倒れ掛かり、手を重ねた。
そして長い沈黙。
「息子さんは、機械に引き込まれました。」
「機械に・・・。そうですか。」父親は茫然として窓の外に目をやり、40年前の誓いの日のように妻に手を重ねていた。
「息子は一人っ子なんです・・・。辛すぎます。」
男は咳をして立ち上がり、ゆっくりと窓際まで足を運んだ。
「会社としては、このたびのことについて心よりの同情をお伝えいたします。お分かりいただきたいのは、私は会社の従業員で、会社の命に従っているのに過ぎないのです。」
返事はない。母親は蒼白で、目は一点を凝視し、耳は聞こえていなかった
「お伝えしたいのは、会社としては本件に責任があるとは考えていないとのことです。会社は賠償責任を一切認めておりません。しかし、息子さんのこれまでの勤務を考えて、会社は、ある程度の補償金を支払うことを希望しております。」
父親は妻の手を放し、立ち上がって恐怖に囚われながら男を見つめた。乾いた唇から漏れたの問いは。
「いくらですか?」
「200ポンドです。」
父親は、母親の鋭い泣き声にも気付かずに、かすかに口元を自分をあざ笑うかのように歪め、盲人のように両腕を前に出したかと思うと、床に倒れこんだ。
両親は、3キロ余り離れた新しくて大きな墓地に埋葬を行い、暗闇と静寂に沈んだ家に帰ってきた。
全てが早く片付いてしまったため、最初は現実感が無く、何か別のことが、年を取った二人には耐えがたい道を照らす何かが起こるような気がしていた。
けれども、日々が過ぎるにつれ、そんな期待もあきらめに変わっていった。希望の無い諦念、無感動。時に言葉を交わすことも少なくなり、話し合うことも無くなっていた。疲弊の日々だった。
一週間位たったとき。
父親は、夜中に目を覚まして手を伸ばすと妻がいないことに気づいた。
暗闇に沈んだ部屋で、ベッドで体を起こして耳をすませてみると、窓から押し殺したすすり泣く声が聞こえる。
「戻っておいで。寒いだろう。」
「息子はもっと寒いと思うんです。」
すると、泣き声が途切れた。
ベッドは暖かく、睡魔で目が明かない。断続的に眠っているうちに、妻の突然のさけび声に驚いて目を覚ました。
「手だ!あの猿の手だ!」
「どこにいる?どうしたんだ?」
妻はつんのめるようにして部屋に入ってきた。
「あれが欲しいの!壊したりしてないわよね!」
「客間の棚のところだが。どうしてだ?」
「思いついたのよ!どうしてもっと早く思いつかなかったのかしら?どうしてあなたは思いつかなかったの?」
母親はヒステリックに叫び笑った。
「何をだ?」
「残りの2つの願いよ!まだ、1つの願いごとしかしてないのよ!」
「もうやめよう!」
「いやよ!あと一つだけでいいから!下に行って、すぐあれを持ってきて!息子を生き返らせるのよ!」勝ち誇ったように叫ぶ母親。
父親はベッドに腰かけて、震える手足を包んでいた布団を放り投げた。
「なんてことを。気を確かに。」
「早く持ってきて、願うのよ!私の息子!」
父親はマッチを擦って蠟燭をつける。
「ベッドに戻るんだ。お前は、自分が何を言っているのか分かっていないんだよ。」
「最初の願いは実現したのよ。2つ目もそうなるわ。」
熱に浮かされたようにつぶやく母親。
「ぐ、偶然の一致だよ。」
つっかえながらの父親。
「持ってきて、願いなさい!」
母親は、興奮で震える声で叫んだ。
父親は妻を見て、揺れる声でいう。
「息子は死んで10日たってる。もう、服でしか息子かどうか分からない状態だと思う。もし、見るにおぞましい姿の息子になっていたら?」
「息子を取り戻すの!自分が育てた息子を見て怖がる訳ない!」
父親は暗闇の中を客間に進み、暖炉のところまできた。
呪物はそこにあった。
願いごとによって不具になった息子が蘇るかもしれない、といった背筋も凍る恐怖に囚われる。息を切らせて、方向が分からなくなりつつも部屋を出た。
額は汗ばんでいる。
壁を手探りしながら進み、忌まわしい呪物を持って寝室に戻ると。
母親の顔色は蒼白で、興奮に囚われていて、常軌を逸している。
「愚かで、ばかげたことはやめよう!」
「さあ、願いなさい!」
ついに父親は右手をかかげた。
「息子よ、生き返れ!」
呪物は床に転がり、それを恐怖を持って眺めた。
それから、震える身体を椅子に沈めると、妻の方は燃える目で窓際まで行き、ブラインドを上げる。
父親は、寒さで身体が冷え切りながら、窓から外をのぞく老いた妻を何回か見やった。
蝋燭は陶器の蝋燭立ての端まで燃えてしまっていて、壁や天井にゆらゆらと光を投げかけていると思うと、最後の輝きを発した後、消え去った。
父親は、呪物の失敗に言いようのない安堵を感じつつ、ベッドまで這うようにして戻った。そのすぐ後、母親も黙って無感情に横に座った。
どちらも無言で、時計の音を黙って聞いていた。
階段がきしむ音がしたり、鼠が鳴きながら走ったりしている。
暗闇は重苦しく、父親はしばらくベッドに横たわった後、力を振り絞ってマッチ箱を取り出し、一つ擦って階下に蝋燭を探しに行った。
階段を降り切った所でマッチは燃え尽き、立ち止まってもう1本を擦った。
その瞬間、玄関のドアにほとんど聞き取れない位のかすかな、静かなノックがなった。
父親はマッチを廊下に取り落とす。
動けずに立ち尽くして、息もできないでいると、またノックが。
それを合図に踵を返して飛ぶように寝室に戻ってドアをしめると、3回目のノックが聞こえた。
「何、何?」と母親。
「鼠だよ。階段にいたんだ。」と震える声で答える。
母親はベッドに座り、耳をそばだてる。大きなノックが一つ、また響いた。
「息子よ!」
寝室のドアを出ようとする妻を、父親はしっかりと腕で抱き止める。
「何をしようとしてるんだ!」厳しい声で諭すと。
「息子なの!私の息子なの!」叫び声を上げて、暴れる。
「3キロ以上も離れてたのを忘れてたわ!なんで、邪魔するの?行かせて!ドアを開けてあげないといけないの!」
「決して、どんなことがあっても開けちゃだめだ!」
身体をがくがくさせながら、父親は叫ぶ。
「自分の息子を怖がってるの?行かせて!今、行ってあげるからね!」
またノックの音。そしてもう一つ。
母親はついに父親を振りほどくと寝室から走り出る。
父親は後を追う。
玄関のドアのチェーンが強く引っ張られる音がする。
「チェーン、とってあげないと!私じゃ届かないから早く来て!」
父親は四つん這になって必死で猿の手を探している。
外から入ってくる前に見つけさえすれば。
射撃のようなノックの連続音。
チェーンを外せる高さに届くよう、妻が椅子を引きずる音が聞こえる。
そして、チェーンを外す音がする。
正にその瞬間、父親は猿の手を見つけ、狂気のように最後の3つ目の願いを唱えた。
突然、ノックが止み、それまでのノック音の反響だけが部屋に響いた。
そして、ドアが開く。
冷たい風が階段を吹き上がり、そして、失望と苦悩の大きな泣き声が鳴り響いた。
父親は泣いている妻のところまで行き、そして外の門まで走る。
そこでは、街灯がちかちかと辺りを照らす中、通りは静かで、人の気配は全くなかった。
(終)
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今回は、ここまでです。