今回は、英国ショートミステリー(第2話)です。
第1話は、以下をご覧ください
それでは、第2話、早速スタートです!
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ママの手が財布の留め金を外すのが見えた。
ママは私が見てるのに気づいた。
私は、自分にできる限りの冷凍光線でママを見たから、ママにも私の言いたいことがしっかり伝わった。
‘ママ、疲れた年寄りを利用しちゃだめ。そんなひどいことをしては。‘
それで、ママは言った。
「20ポンドの傘を頂いてしまうのは良くないと思います。タクシー代はお渡しするので、それで何とかされて下さい。」
「いや、いや!それは、論外です。そんなこと夢にも思ったことはありません。私は、人さまからお金を受け取ることなんてありませんでした。傘をお持ちになって、雨に濡れないようにされて下さい。」
ママは横にいる私に勝ち誇った目で見た。
‘ほら、ごらんなさい。あなたは間違ってるわ。この人は傘を貰って欲しいのよ。‘
そして、財布を探ると1ポンド札を取り出して、差し出した。
男はそれを受け取ると、ママに傘を渡し、1ポンドをポケットにしまうと帽子をとって腰を折ってサッとお辞儀をしていった。
「ありがとうございます。どうもありがとうございます。」
「こっちにおいで、濡れないように。ついていたわね。シルクの傘なんて使ったことないわ。お値段がはるもの。」
「なんで、最初あんなにひどい態度だったの?」
「詐欺師だから相手にしなくていいって思いたかったし、実際に詐欺師だと思ったの。でも、紳士だったのね。あの人にも役に立ててよかったわ。」
「そうだね、ママ。」
「本当の紳士だったのね。裕福な。そうでなくちゃ、シルクの傘なんて持っていないし。立派な筋の方なんだと思うわ。豊臣氏みたいな感じのね。」
「そうだね、ママ」
「いい勉強になったでしょ。急いじゃだめ。人を判断するときは、時間をかけるのよ。そうすれば、間違うことはないの。」
「あの人が歩いてく。見て。」
「どこよ?」
「あそこ。通りを渡っているところ。すごく急いでるね。」
男は機敏に車を避けながら進んでいた。そして、通りの反対側に着くと曲がって早足で歩いていった。
「あの人、すごく疲れてたみたいだったよね、ママ?」といったが、答えは無かった。
「タクシーをつかまえようとしてるようには見えないけど。」
ママは、動かずに直立して、通りの反対側の男を見つめていた。
男の様子がはっきりと見える。
ものすごく急いでいる。
両腕を兵士が行進するときみたいに大きく振りながら、他の通行人を避けつつ慌ただしく歩道を進んでいた。
「何か企んでるのね。」石のような顔でママがいった。
「何をなの?」
「分からないけど、突き止めてやるわ。一緒においで。」ママは私の手を取って、通りを渡り、男の行った方に進んだ。
「あの男、見えるよね?」
「うん、あそこ。次の通りを右に曲がろうとしてる。」
私たちも角まできて、右に曲がった。
20メートル弱先の男は兎のように急いでいるので、私たちも追いついていくのに急ぎ足で歩かなければならない。
雨はこれまでより激しくなり、男の帽子の端から雨が垂れて男の肩にかかっているのが見えた。
けれども、私たちは大きくて立派なシルクの傘の下でぬれずにすんでいる。
「何を企んでるんだろう?」とママ。
「もし、振り返ってこっちを見たら?」
「そうなっても大丈夫。あの人、私たちに嘘ついたのよ。疲れて、これ以上歩けないっていってたんだから。実際、あの人、ほぼ走ってるじゃない。厚かましい嘘つきだわ。いかさま師なのよ。」
「それじゃあ、立派な筋の方じゃあないってこと?」
「うるさいわよ」
次の交差点で男はまた右に曲がると、2人も右に。
そして、男が次に左折すると、2人も左に。
「あきらめないわよ。」とママ。
「いなくなったよ。どこ行ったの?」と私。
「そのドアに入ったのよ。建物に入っていくのを見たの。何かと思ったら、パブだわ。」
そこは「Red Lion」と大きな字で看板が掲げてあるパブだった。
「中に入ったりしないよね、ママ?」
「入らないわ。ここで見張りましょう。」
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英国ショートミステリー(第2話)は以上です。
次回は、最終回、楽しみにしてもらえると嬉しいです。
今回は、ここまでです。