今回は、映画字幕翻訳の第一人者である戸田奈津子(87才)さんの英語勉強法、そして人生についてです。
朝日新聞に「映画と英語と歩んだ87年」と題して3回連載で掲載されていたので、全体を1/4位の量に要約して紹介します。
私が生まれてすぐに戦争が始まったので、郷里の愛媛県に疎開していました。
戦後東京に戻ってきて「紺屋の決闘」などの映画を見てカルチャーショックを受けました。
戦後で食料もなく、日本には電気冷蔵庫もなかったのに、アメリカ映画では「大きい白い箱」を開けると食べ物が一杯。SFで別の惑星を見ているようでした。
中学1年生では、発音記号の勉強がつまらなくて、英語熱が少し冷めてしまいました。
ところが、中学2年のときにいい先生と出会うことができました。授業の最後に英文和訳の問題を出して、次の授業で、できた生徒が黒板に書きます。それをみんなで「ここは違う」といった感じでわいわいやるんです。
それが楽しくて、家で一生懸命辞書を引いて和訳を作りました。このときに英語の基礎を学ぶことができたと思います。
中高生のときは、新作のロードショウは高くて行けませんから、名画座の3本立て100円とかで本当によく見てました。
高校生のときには大好きな「第3の男」を全部で50回は見たと思います。
原文の
「I oughtn’t to drink it. It makes me acid.」
を
「今夜の酒は荒れそうだ」
と訳したのが見事で、字幕翻訳って面白いなと思いました。
その後、津田塾大の英文科に行きました。英語をしゃべる機会は本当に少なかったです。音楽が好きだったので、ラジオで、フランク・シナトラやエルビス・プレスリーを聞いてました。
当時はテープレコーダーもなくて、ノートに歌詞を書き取ろうとしました。ラジオを何べんも聞いて、少しでも空白が埋まればうれしいという感じでやっていました。
ノートは最後まで空白だらけでしたけど、それが図らずもヒアリングの練習になりました。
大学の卒業が近づくと、映画が好きで英語の勉強もしたので、映画字幕翻訳になりたい、となったのです。
でも当時は、10人足らずの翻訳者で全ての洋画に字幕が入る世界でした。40代から60代の大学教授みたいな男性ばかり。壁があって中に入れない。
そこで保険会社の社長秘書として就職しましたが、仕事がつまらなくて1年半でやめました。
そこから、あらゆる翻訳の仕事をアルバイトでやりました。「鉄腕アトム」の台本を英訳したこともありました。
そうするうちに、30代半ばで初めて通訳を経験することになります。
日本ユナイト映画の水野晴朗宣伝部長(後の映画評論家)の秘書役として、本社との英文レターのやりとりをしていた頃。「アリスのレストラン」という映画のプロデューサーが来日して記者会見するときに通訳が必要になりました。
それまでほぼ英語を話した経験がなかったのに、水野さんが
「あなた英語できるでしょ」と。
無理やりに人生初に等しい英会話がその通訳で、メタメタだったので、「もう、二度と通訳はやるまい」と思いました。
ところが、それからも監督や俳優が来日するたびに通訳を依頼されるように。
そして、43才だった1980年に公開された「地獄の黙示録」で字幕翻訳家としてデビューすることになります。
フランシス・コッポラ監督が3年くらいの撮影期間に、自宅のサンフランシスコと撮影現場のフィリピンを行き来する。その途中に東京に立ち寄って、通訳兼ガイドをつとめていました。
コッポラ監督は、「いつか映画字幕翻訳をしたい」といっていた自分に、鶴の一声で「地獄の黙示録」の字幕をやらせてみたら、と配給会社に言ってくれたそうなんです。
大学を出て20年近くも近づけなかった字幕の世界にようやく入ることができたんです。
永久にチャンスが来ないかとも考えましたが、誰に言われたのでもなく、自分で”字幕翻訳をやりたい”と決めたのだから、ダメでも自分の責任なんだからいい。その覚悟があったから志が続いたんですね。
その後、40年以上にわたり1500本もの映画の字幕に携わりました。
字幕には、まず、1秒に3~4文字という厳しい制約があります。見てるの頭に自然に入っていきつつ、意味をちゃんと分かってもらわなければならない。
悲しみや怒りは世界共通で言語を超えて伝わりますが、「笑い」は文化が違うと理解できないことがあります。
例えば、「007/慰めの報酬」では、事件の鍵を握る重要人物が死んでしまって、解決の糸口がなくなります。
ボンドは「dead end」
これをそのまま、「行き詰まった」と訳しても、面白さは伝わりません。
いろいろと考えて、「脈がない」という訳が浮かび上がりました。
また、引き続きスター来日時の通訳も担当しました。私は相手が大スターでも誰でも、同じように接してきました。相手に先入観を持たず、自分を飾らず、素でつき合います。
祭り上げられるのはスターにとって嫌なことだと思うんです。トム・クルーズも、会って10分も一緒にいれば、とってもいい、普通の人なんです。
英語を学んで、上達を目指している人にアドバイスですか?
映画好きだった私が映画の世界に行きたくて英語にひかれたように、モチベーションがないとできないですよね。何のために英語をやっているか、自覚が大切です。
最近の会話重視は、私は間違っていると思います。
基本をしっかりやるべきです。
文法、そして、ボキャブラリー。そして、書くことも大事です。
会話は多少間違えても相手に通じますし、その場で消えてしまいます。
でも、書いたことは紙の上に残って、自分がどこを間違えたのか認識できます。間違いを認識するということが、学ぶということなんです。
英語、英語っていうけど、もっと母国の日本語を教えないと、って思います。
字幕翻訳の仕事でも、求められるのは80%が日本語です。字幕には、日本語の力が必要なんです。
それから、最近は、機械翻訳の精度がどんどん上がっていますが、人と人が生でコミュニケーションすることに、人間の人間たる所以があるわけでしょ。外国人との人間同士のいい付き合いを大切にするためにも、外国語を学んでほしいですね。
以上です。
面白いですし、ためになりそうなお話ですね。
英語勉強法ということでは、
➢モチベーションが重要
➢会話重視ではなくて、”文法、ボキャブラリー、英作文といった基本が重要”
との部分は、本当に参考になると思いました。
今回は、ここまでです。